小笠原を最初に訪れたのが1991年.その後は数年すると無性に行きたくなり,昨年とうとう6回目を数える.今回は世界遺産認定後初めての訪問.ただ今回は今までと何かちょっと違う.一体何だろう.

(2011年春認定直前に訪れたときから少し変化を感じていたが)以前ののんびりした島独特の雰囲気がなくなってきている.いわゆる観光化が進み,都会並みとまではいわないが,沖縄などの他の観光地と変わリなくなった.以前から小笠原も観光地ではあったが週に約1便の船しか交通手段のない島では,みんなのんびりしていた.

前は来島者が自分からやりたいことをやり(逆に何もせずのんびりして)楽しむ感じであったが,現在は島の観光業者が積極的に接客に走り,主導権が来島者から島の観光業者に移ったようだ.遊ぶのではなく遊ばされているような感じが以前の島の印象とは違ってきた.

大きな産業のない島にとって観光業は重要であろう.観光業が大きく発展することは島にとっても観光客にとっても歓迎されることだ.しかしこのままでは他の南の島と同じ.小笠原らしさが消えてしまう.小笠原を訪れる「本来の観光客」は少しぐらい不便でも「本来の小笠原」を楽しみに島を訪れるのだと思う.今は世界遺産認定直後でミーハー的な観光客がツアーでやってくる.それは一時的なものだと思う.そういった観光客にばかり目をやっていると将来いろいろと問題が出てくるような気がする.(実際少しずつ問題が発生しているようだ.)

昨年同じ宿で一緒になった方と帰りのおが丸で再会した.その方はダイビング目的で,昨年は非常によかったので今回2度目の来島であったが,今回はあまりにも事務的な対応とスタッフの不慣れ(新人だったのか?)でもう二度と来ないと言っていた.たった1年(世界遺産認定前後)で全く雰囲気が変わったという.

また昨年PAPAYAの聟島ツアーでご一緒した方と偶然島でお会いした.この方も小笠原には何回も来ているとのこと.しかしもうこれが最後といっていた.あまりにも観光客が多くのんびりできないと.以前の小笠原を知っている人はこの変化に戸惑っているのかもしれない.

島にはアルバイトの若者が増えた.彼らは都会育ちだろう.都会の感覚がどんどん島に持ち込まれてしまう.さらにのんびりした雰囲気は薄れてしまう.前述の昨年ご一緒した方が言っていた「島に年寄りがいなくなった」が印象的であった.

年寄りはどこへ消えたのか.約20年前初めて小笠原を訪れた時,二見港に到着し最初に目に入ってきたのが,今もある港のガジュマルの下のベンチに二人の老人が並んで座っていた.話をしているわけでもなく,二人ともただ港を眺めていた.そのときの光景は今でも忘れられない.何とものんびりした光景.これが私の小笠原の印象の出発点かもしれない.

島のshopのオーナーが「自分もいい年になり健康に不安を感じるようになった.病院の無い島に暮らすことに不安を感じる.そろそろ内地に引き上げる時期かもしれない.」と話してくれた.急患搬送は今でも海上自衛隊の飛行艇で本土に搬送している.
小笠原が返還されたのは1968年.島民の帰島し,一緒に夢見て新地へ向かった当時の若人はもう60歳以上.昔を知る老人は内地に引き上げ,島から減っていく.逆に新しい若人が入ってくる.今回の世界遺産でさらに新しく入島を希望する若人が増えるだろう.

ある意味,世代交代が進み島の活気も出てきていいことのようみ思える.多くの離島では島民の高齢化が進み問題となっている.小笠原では無縁のようだ.しかしあまりにも急激に進み,島の良さが上手く次世代に伝わらないのではないかと危惧している.都会の感覚が持ち込まれ,広まってた小笠原は,もう小笠原ではない.

どちらがいいとかいう問題ではないが,ただ個人的には日本で唯一のんびりできる楽園がなくなってしまったような感じが残念だ.
それでも小笠原には人を引きつける十分な魅力がある.

-Sep.2013