小笠原は東京都心から南約1000kmにある島嶼群.別名ボニンアイランド.無人島(ぶにんじま)が由来らしい.一度も大陸と陸続きになったことがない海洋島で生物では固有種が多い.東洋のガラパゴスともいわれる.

行政区では東京都に含まれる.人が住んでいるのは父島,母島のみ.(硫黄島,南鳥島には自衛隊が常駐しているが民間人の上陸は禁止)さらに日本の最南端の沖ノ鳥島,最東端の南鳥島も含まれる.

母島は父島からさらに南に約50km,ははじま丸で約2時間.姉島,妹島などとともに母島列島を形成する.面積は約20km²と父島よりやや小さい.人口は父島の1/4以下の約500人弱.

鳥見にとっては憧れのメグロに会える島.世界でここだけ.バーダーあこがれの島.

沖港前のクジラのモニュメント船が着く沖村は母島唯一の集落.船が近づくと港内に居着いているカツオドリがお出迎え.集落には白い三角屋根が見える.以前宿泊したことがあるドルフィンの屋根だ.20年前と変わらず今でも白く輝いているように見える.

船を下りて正面にあるのが母島観光協会の建物.その裏の高台が月ヶ岡神社.2012年夏の来島の時は,ここでアカガシラカラスバトと遭遇している.この神社の下は鍾乳洞になっている.観光協会で入り口の鍵を借り見学へ.この清見が岡鍾乳洞は日本で一番小さな観光地鍾乳洞ではないかと思うほど小さい.あっという間に見終わってしまう.

ははじま水族館ははじま水族館全景


漁港の奥にははじま水族館がある?子ウミガメが泳いでいた.その奥に脇浜なぎさ公園がある.人工砂浜だ.繁殖のためだろうかネムリブカが集まっていた.

母島の集落は父島大村地区を比べてこぢんまりした感じ.宿泊施設も少ない.父島から母島まで足を伸ばす観光客は少ない.以前来たときと比べてもほとんど変わっていない.その分自然は残されていることになる.

集落内にはロース記念館がある.ドイツ人のロルフスさんが発見したロース石という石材でできている.島では建築石材だけでなく竈や流し台までいろいろなものに加工されていたようだ.記念館内に展示してある.女性スタッフがいろいろと説明してくれた.ただこのスタッフは非常に話し好きなのだろうか,ロースとは関係ない色々な話題を話し始める.それも取り止めもなく,急に他の話題へ飛んだりと.ちょっと聞く方も大変.
ロース記念館ジャガイモ


ロース記念館の前でジャガイモを作っている方とおしゃべり.母島は漁業以上に農業が盛んで,この辺は赤土で甘い美味しいジャガイモができるとのこと.ただ量がとれないし,内地に送るにはコストがかかってしまうので島内で消費する程度しか作らないそうだ.“ボニンジャガ”とかブランド展開すればやや高めでも売れるのではないだろうか.

島を南北に走る都道がある.その最南端から南崎遊歩道が始まる.宿から歩いて行く予定であったが,途中で島民の方が車に乗せてくれ,わざわざ南崎遊歩道の入り口まで送ってくれた.離島の人はどこも優しい人ばかりだ.

摺鉢遊歩道ではメグロに何度も会うことができる.地面ではガサガサと何か動いている.オガサワラトカゲだ.希少生物のようだが母島には多い.同じトカゲでもグリーンアノールは以前かわいいトカゲとして紹介されていた記憶があるが,今では固有種の昆虫などを食べる憎き外来種として嫌われ者.別に本人(本蜥蜴)が好きで来たわけでもないのに…

途中小富士へ登る.結構急な登り道で途中はしごもある.ここからの眺めは格別だ.以前はカツオドリが飛んでいたが今回は見られなかった.南崎の向こうの鰹鳥島で繁殖しているはず.看板を見ると南崎にも営巣地があるそうだ.有人島では唯一の営巣地らしい.

さらに南崎に向かう.海の色がきれいだ.足を海につけてみたが冷たい.やはり泳ぐのはやめよう.
小富士から鰹鳥島小富士から乳房山を
小富士から南崎30分のゴミ収集の成果


タマナ並木南崎からの帰路は途中にある海岸を見ながら.ただこの辺の海岸は小石の浜ばかり.それ以上に漂流ゴミが目立つ.南崎でもゴミが多く.ちょっとゴミ拾いをしたこともある.その他の小さな浜はさらにゴミが多い.年々ゴミが増えているような気がする.父島より人口の少ない母島では観光業に関与している人も少なく,島民だけではゴミ掃除は無理だろう.観光客もゴミ収集に協力して綺麗な海岸を取り戻したい.(ゴミ拾いツアーなど企画して参加者はおが丸,ははじま丸の運賃割引をするなんていうのはどうだろう.)

北部の北港には以前集落があった.北村小学校跡はすでに廃墟と化しガジュマルに覆われている.廃墟が自然に帰って行くようだ.ジブリの「天空の城ラピュタ」の空中都市を思い出す.
北港北村小学校跡
その先には大沢海岸がある.残念ながらここもゴミが多かった.


六本指地蔵北港の帰り六本指地蔵の看板を見つけた.お地蔵さんの右手を見ると指が5本?錫杖という杖を持っているため親指は後側に回り込んでいて見えてない.だから6本なのだろう.六本指の由来はわからない.ただ6という数字には六道といって地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の6つの世界のことで輪廻(りんね)の世界だそうだ.なんか関係があるのかな?

集落から北への都道(北進線)はまるで熱帯ジャングルの中を走っている気分になる.植物に詳しくないので,うまく表現できないが,沖縄のやんばるとも違う.

またトラツグミが多い.かなりの密度だ.後で観光協会の人に聞いたが調査はしていないものの増えているようだと.このトラツグミも島に持ち込まれたもの.島の生態系から見ればいわゆる外来種.しかし元々国内にいる種のせいか駆除の対象にはなっていないようだ.しかし本来なら島の固有種の生態を保護するなら駆除の対象とするべきだろう.グリーンアノールばかりかわいそう.

マルハチ父島・母島で最も高いのが乳房山.標高463m.そんなに高くないように感じるが.港(海抜0m)からの登山となる.さらに急な坂道.途中メグロが目の前に出現.それも目線レベルの高さで見ることができる.ここも植物が面白い.シダの仲間のマルハチが群生していて,いかにも南国といった感じ.


戦跡小笠原,特に硫黄島は太平洋戦争時には激戦地となった.父島にも母島にも戦跡が残っている.

しかし沖縄ほど戦争のイメージが強くない.沖縄は直接民間人が戦争に巻き込まれ犠牲が出たのに対し,小笠原では多くの民間人は疎開させられ,硫黄島以外では地上戦はなかったようだ.戦後も沖縄には今でも米軍基地があり社会問題となっている.一方小笠原はというと戦後しばらくして帰島が許された.そのため新たな村の復興となる.戦争という歴史や記憶がいったん途切れた感じとなる.さらに最近は若い島民が増え,戦争のイメージは全くない.

戦後60年以上経過し戦跡も自然の中に埋没しつつあった.

今回ははじま丸の出港を見送ることがあった.4月は出会いの時,別れの時.ちょうど母島の中学卒業生が父島の高校へ入学(寮生活?)するため出発するらしい.島あげての送別式といった感じ.とはいっても母島と父島,2時間半のお隣の島,ワイワイみんな笑顔での別れ.

父島へ帰る朝,ははじま丸が港に入ってきた.
ははじま丸出港ははじま丸入港


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